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8月に書く出産記 陣痛促進剤編3−1

2009/06/04/00:00  カテゴリー/[日常]日常

 6月4日。ほとんど眠れずにぐったりとなって朝を迎えた。前日は痛みで夕食を食べられなかったけど、朝になっても食欲は全くない。陣痛は強さも間隔も平行線のまま。
 朝食後、しばらくたってからラミナリアを取る処置が施される。入れる時は手術室だったけど、取る時はいつもの分娩室だった。カタン、カタンと硬い物を置く音がする。一体何を入れられてたんだろうか、私。
 ラミナリアを使った結果、子宮口は開いたらしい。1センチ強だったのが4センチくらい開いてきたとか。でも、赤子はやはり全く下りてきてないと言われる。本当にどんだけ進まないんだろうか。
 陣痛促進剤を3種使って、ラミナリアを使っても、微妙な結果だけが残っていく。旦那サンは帝王切開を頼むことを考え始めている。私は考えるのが面倒なんで全てを先生に委ねたいと思っていた。先生から提案されたのは、一番最初に使った弱い陣痛促進剤をもう一度使ってみることだった。
 先生がそれがいいって言うんならそれで・・・という感じでハイハイとお願いする。これは成功だった。点滴を初めてしばらくすると、これまでにない痛さがやって来る。間隔も5分置きくらいになる。骨盤がバラバラになるような痛みに声も出ない。
 旦那サンにベッドの脇にスタンバイしてもらってて、痛みが来たら腰を押してもらう。そうするとかなり楽になる。持ってきていたマタニティ本には、陣痛時のマッサージのことが書いてあった。あちこち押すと気持ちいいポイントがあるようだけど、腰以外を押されると痛みが増しそうな気がして半泣きで断る。しかし旦那サンは勝手に骨盤辺りや足の付け根を揉みだした。予想に反して、意外と気持ちいいもんだ。やっぱりマタニティ本は正しい。
 マタニティ雑誌はちょいちょい借りて読んでたんだけど、陣痛の時は肛門をゴルフボールで押すと気持ちいと書いてあった。家族にやってもらってもいいし、自分でボールを床に置いて乗るようにしてもいいとのこと。家族にやってもらうなんて無理!私は耐える!と思ってたけど、無理だった。この痛みが少しでも楽になるなら、羞恥心なんかどうだっていい。


「非常に頼みづらいんだけど・・・」

 本当に、あんなこと頼んですみませんでした。
 夕方になり、母もやって来た。陣痛の痛みが来た時にマッサージする役を旦那サンと交代してくれる。これも陣痛前は予想外だった。親と微妙に壁がある私は、親にマッサージを頼むなんて絶対嫌だと思っていた。そんな弱みを親に見せたくないと思ってたんだけど、実際あの痛みが来るとプライドなんかどうでも良くなる。母は3人産んだだけあって、マッサージのポイントは的確だった。肛門を・・・という情けない頼みも、「あーはいはい」とすぐにわかってくれる。しかもこのばーさんは力が強い。
 こんだけ痛いのに、またNST検査をすることになった。陣痛の痛みとは子宮の張りなんで、強さや頻度が正確に機械に表示される。そのNSTの機械を初めて見た旦那サンは興味津々。その時はまたマッサージ役は旦那サンにタッチしてたんだけど、私の腰やら臀部やらを押しながら機械を見ている。

旦那サン
「あ、陣痛きたやろ。数字が上がっていってる」

 旦那サンは物事を2つ同時にできない人だ。NSTの機械を見ているとマッサージのポイントがどんどんずれていき、押す強さもいい加減になっていく。最初は息も絶え絶えにお願いの形で注意を促してたけど、一向に改善されない。プチッ。


「その機械見てたら押してるとこがどんどんずれて行って効かない!やめて!見ないで!」

 陣痛が引いた隙に一気に言った。母も苦笑していた。
 内診で子宮口をチェックすると言われ、これまた陣痛が引いた隙にサッと分娩室に移動する。先生は忙しい人なんで待たされる形になるんだけど、待ってる時も痛いのなんのって。優しい看護師さんのKさんは通った時に腰を押してくれ、私の呼吸を整える手助けをしてくれる。さすがプロだけあって、マッサージする手は本当にマジックハンド。しかしクールな看護師さんは必要なチェックだけ。そりゃ陣痛に苦しむ妊婦なんて腐るほど見てきてるだろうけどさー。Kさんは本当、優しいなぁ。
 やってきた先生は私の顔を見るなり、

先生
「だいぶ顔に余裕がなくなってきましたね。陣痛が本格化してきたかな」

と言う。確かに、痛い時は話すどころじゃないほど痛いです。前日、これだけ痛いのに「まだ顔にも余裕がある」ってどういうこと!?と軽く怒った自分は浅はかでした。すみませんでした。
 内診は暴れたいほど痛かった。でも、産む時はきっともっと痛いだろうと思って耐えた。それなのに、

先生
「子宮口はさっきとあまり変わりませんね。それから、赤ちゃんが全く下りてきていません」

うらぁ!下りてこいや、赤! 怒

 どんだけ出てきたくないのか。本当に歯がゆい。もしかしてエコー写真やNST検査ではわからない異常があるんじゃなかろうか。ちょっと不安にもなってくる。
 陣痛が本格化してきてるんで、点滴は止めてあとは自然に陣痛が進むのを待つことになった。

が!

 点滴を止めてしばらくすると、少しずつ陣痛の間隔が広くなり始めた。最初は、“気のせいかなぁ”とか“今回だけたまたま計り方がおかしかったんじゃないかな”とか自分に言い聞かせてたけど、やっぱり間違いなく間隔が広がってきている。5分を切っていた間隔が7分くらいになっていた。痛みも徐々に緩くなってきているようだ。NSTの機械で計ると、もうごまかしようもなく数値が低くなってきている。何なんですかね、この体は。
 間隔が広がり、痛みが緩くなってきてるとはいえ、充分痛い。痛みがやってきている時は旦那サンに腰を強くさすってもらってないと耐えられないくらい痛い。そんな中、先生に呼ばれた。忙しい先生を待っている間も陣痛はやってきて、椅子に座っているのもきつい。痛みがやってきたら腰をさすってもらうよう旦那サンに頼んでいたら、優しい看護師さんのKさんが

Kさん
「代わりますよ」

と言って旦那サンと交代してくれた。本っ当にKさんは優しい。しかもプロなんで旦那サンの何倍も上手い。この状態で先生の話を聞くことができるのは非常に助かる。

先生
「このまま引き続き経過観察をしてもいいし、もう一度陣痛促進剤を使ってもいいし、どうしますか?」

と言われた。経過観察しても陣痛が治まっていく気がする。もう一度陣痛促進剤を使ったところで、どんなに陣痛が進んでも胎児が下りてこないことには産まれないことも学んだ。もう一度陣痛促進剤使っても無駄に痛みが長びくだけな気がする。
 さらに旦那サンの休みのこともある。旦那サンの会社は配偶者の出産の時、2日間休めることになっている。6/2に仕事が終わってすぐ来てくれ、3日、4日といてくれたけど、5日には仕事に行かないといけない。この日のうちに産まないと、産まれたばかりの赤ん坊を旦那サンに見てもらうことはできない。
 心はもう決まっていた。切って出してもらうべきなんだろう。ただ私は、人生で手術はおろか大きな怪我さえしたことがない。自分の体にメスで切り込みを入れられ、用がすんだらそこを縫い合わせるって・・・。想像しただけでも怖いし抵抗がある。頭では帝王切開すべきだと思ってるんだけど、心情的に決心がつかない。普段の状態なら頭で判断したことを最優先にするんだけど、陣痛の痛みと寝てない&食べてないでボロボロの状態の私にはスパッと決めるだけの判断力はなかった。
 そんな私より先に

旦那サン
「もう帝王切開していただくことできないですかね?」

と言う配偶者。横で肯く母親。今思えば決めてくれてありがたかったんだけど、この時はまだ決心がついてなかったんで口をパクパクさせて2人を凝視してしまった。先生もそれが目に入ったんだろう。

先生
「実はさっき帝王切開の手術がありまして、今ならスタッフが残ってるんですよ。あとは麻酔の先生に戻って来れるか電話をして、OKがもらえたらすぐ手術ができる状態です。
ちょっと3人で話し合いをしてみてください」

と言って去って行った。何ですか、この渡に船状態は。
 自力で産むか帝王切開か。自力で産むのが難しいのは私自身もわかっている。寝てない食べてない痛いの三重苦がこれ以上続くのもつらい。悩んだところで赤子が下りてくるわけでもない。私は旦那サンに向かって肯いた。それだけで理解した旦那サンはパパーッと走って行って、まだ廊下にいた先生に帝王切開を決断した旨を伝えて戻って来た。
 やっとお腹から赤さんを出せる安堵感と、手術への恐怖感と、相変わらず続く陣痛の痛みでぼんやりしていると、ずっと腰をさすってくれてたKさんがまだまだ私の腰をさすりながら

Kさん
「よく頑張ったね。赤ちゃんが大きくなったら、お母さんこんなに頑張ったよって教えてあげんといけんですね。うん、頑張った頑張った」

と優しく言ってくれた。それを聞いたら何だか涙が出てきた。
 帝王切開なんて出産スタイルの一種で、歴史も古いしポピュラーだし、麻酔使うから自力で産むより痛くはないんじゃないかと思う。けど、本来あるべき形で産めなかったことが何だか悔しい。けど泣くほど悔しいかというとそうでもない。何であの時あんなに涙が止まらなかったのかが今もって謎だ。弱気になってたんだろうか。深層心理だろうか。
 うつむいて泣きながら病室に戻って行ったけど、母親が見てたからすぐ泣きやんだ。泣いてるところって、配偶者に見られるのはいいけど親には見られたくない。頑張って泣きやんだ。
 部屋で待つことしばし。再び分娩室に呼ばれて下着を取った状態で分娩台に乗る。この3日で何度ここに乗っただろうか。でももうこれも終わり。最終的にはこの分娩台ではなく手術台に乗るんだけど。 人生初、導尿をされる。入れる時はちょっとキリキリ痛かったけど、終わると全くどうもないのが不思議だ。よくできてるなぁと感心する。
 次は台の上で少しだけ剃毛される。看護師さん2人がかりでへそ下辺りの腹部を消毒。棒の先に付いた何かでナデナデって感じだったから、緊張してるのに笑いそうになってしまった。
 で、台に寝っころがったままの状態で手術室に連れて行かれた。台というか、ドラマとかで病人が運ばれるあの簡易ベッドみたいなやつ。それに寝せられて看護師さん2人掛かりでゴロゴロ運ばれて手術室まで行く。
 「手術室」って言葉は病院で見かけても何だかゾッとするのに、まさか自分がそこで手術をされる日が来るとは思いもしなかった。

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