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8月に書く出産記 陣痛促進剤編2

2009/06/03/00:00  カテゴリー/[日常]日常

 6月3日。陣痛は相変わらず緩く続いていて、間隔はなかなか狭まらない。
 この日は口径からの陣痛促進剤。きっちり1時間に1錠ずつ錠剤を飲むことになっている。歩きまわれば陣痛が早まりやすいため、先生から外に散歩に行くことを勧められた。

先生
「ご主人が一緒だから大丈夫ですよね」

 朝食後に諸検査をし、1つ目の薬を飲んでから旦那サンと散歩に出掛けた。1時間後に2錠目を飲まないといけないから、あまり遠くには行けない。すぐ近くにある小さな寂れた商店街に行き、軽くうろついて帰る。薬を飲んでまた商店街に行く。ということを繰り返していた。商店街からちょっと入ったところにある元職場にも行きたかったけど、「実は今軽く陣痛が始まったところで〜」と言うとさすがに引かれるかと思ってやめた。何より雨がひどかったし。上着を1枚持ってきてたけど、それでも寒かった。
 何度目かの散歩で、ちょっとずつ痛みが強くなってきてることに気付いた。ケータイで計っていた陣痛間隔も確実に狭まってきている。何ともない時に歩き、痛い時は立ち止まる。立ち止まると耐えられる程度だからきっとまだまだなんだろう。けど、歩けない程度には痛い。
 少し歩いては旦那サンに寄り添って立ち止まる明らかに臨月の妊婦を見て、お年寄りのグループが心配そうに声を掛けた。

おじいさん
「ほら、こっち来て座りなさい」

おばあさん
「無理したらいけんって!」

旦那サン
「大丈夫です。陣痛中なんですよ」

 いや、それってさらっと言われて安心できる言葉じゃないと思うよ。痛みが去るのを待って、


「○○産婦人科にかかってるんですけど散歩に行かされてるんです〜」

と言った。人生経験豊富な方々だろうから、これで“陣痛がなかなか進まないから先生から散歩に行かされた妊婦”とわかってくれるだろう。しかしこの散歩も、雨が豪雨になったんで中止になった。
 昼食後、またもや諸検査。

看護師さん
「大丈夫ですか?生理痛と比べてどっちが痛いですか?」

 私の生理痛は結構重い。この時は生理痛と比べたらまだ全然平気だった。そう思っていたけど、段々と失神並みの生理痛に近くなっていく。痛さの種類は生理痛によく似ている。子宮がゴツゴツした石になって内側から体を攻撃してるみたいな、重痛い感じ。そんな状態で行われる内診の痛いことこの上ない。それなのに、

先生
「うーん、子宮口はほんの少しだけ開いてきましたね」

 少し!?少しって・・・。陣痛促進剤3種目を半分以上摂取していて、まだ生まれないとは・・・。本当にどんだけ出る気ないんだろうか。いや、私の体が出す気ないのか?
 この辺りから先生が「器具」の話をし始めた。

先生
「器具を入れたら子宮口は開きやすいですが、やっぱり内部に入れるのでストレスになったりします。だからできれば自然に陣痛を進ませたいんですけど」

 「器具」って何だよっ!と思ってたけど、痛みで弱気になっていた私は肯くことしかできなかった。ストレスになるって、つまり痛いってことなんだよね。無理やり痛くなるより自然に痛くなりたい。最初はそう思っていた。
 錠剤の陣痛促進剤6錠を全て飲み終えて。段々と痛みがやって来る間隔は短くなり、強さが増してきた。確か12〜13分間隔だったと思う。この時は子宮が痛いというより骨盤が締め付けられてるみたいな痛さだ。
 またもや産まれる気配もないのに分娩室でNST検査が行われる。身をよじって痛みに耐えたいのに、硬い台の上でじっとしてないといけないのがつらい。


「う〜ん・・・痛い・・・痛い・・・」

 せめて声くらい出していたい。生まれて初めて気付いたけど、痛い時には黙って耐えるより「痛い」って言った方がちょっと楽なんだなぁ。本当ならもっと大声で「痛いーっ!」と言いたいところだけど、分娩室の隣はナースセンターなんで恥ずかしくて小声で言っていた。
 時々見に来る看護師さんは、端的でわかりやすい説明をするけど無表情な若い女性と、とても私が痛がってると腰をさすってくれる優しい女性の2人。ちなみに優しい方のKさんという人は前日に点滴を刺してくれたけどめっちゃ痛かった人だ。その後の採血では私の腕にでっかい痣をこさえてくれた。とてもいい看護師さんだけど注射は本当に下手みたいだ。
 NST検査のために放置されつつ痛みに耐えるしかない時間が長時間続いた。やっと先生が来て、激痛の内診。しかしまだ子宮口の開きは小さいとのこと。

先生
「痛い?痛みが来た時話せないくらい?」


「いえ・・・ギリギリ話せます」

先生
「じゃあまだですね。本当に痛くなったら話はできないんですよ。
顔にもまだ余裕がありますし。ね?」

 同意を求められた看護師さんも肯く。そうですよね、私もまだなんじゃないかと思いましたよ。でもずっとこんな痛みが続くと、もうすぐなんじゃないかと思い込みたくなってきますよ。
 結局この日も子宮口は満足に開かず、胎児もほとんど下りてこなかった。夜になり、分娩室で検査をした後に旦那サンと、様子を見に来た母が先生に呼ばれた。例の「器具」ってやつを使うかどうかだ。「ストレスになる」と聞いた以上、できれば使いたくない。でも使った方がいいんだろうか。先生はあくまで方法を紹介するだけで、使った方がいいとか使わなくてもいいとか判断の基準になるようなことは言ってくれない。使うか使わないかは完全に私が決めないといけないようだ。


「それで進むようなら、やってください」

 って、おい。私が「使います」って言う勇気を振り絞っている最中に!
 先生が私に確認の眼差しを送ってくる。これはもう覚悟を決めよう。


「お願いします」

 その時私はまたもや、産まれる気配もないのに分娩室にいた。旦那サンと母は病室で待つように言われ、私だけが残された。てっきりそこで処置が行われるのかと思っていたら、別の場所に連れて行かれる。そう、 手術室
 「ラミナリア を使います」としか言われてなかったんで具体的に何をされるのかはわからないままショーツを脱いで手術台に乗るように言われる。詳しく聞いた方が怖い気がして、何も知らないまま全てを先生に委ねることにした。
 手術台で脚を開かれ、何かをされる。


「いたたたたたた・・・。いたたたたたた・・・。」

 “痛い時は痛いと言うと楽”の法則で、普通の声で痛い痛い言ってる間に終わった。内診程度の痛さで、思ったよりは耐えれる痛みだった。終わったら車椅子に乗せられて部屋に連れてってもらう。人生初の車椅子体験だった。
 母に旦那サンを連れ帰ってもらい、旦那サンは私の実家で夕食を食べてお風呂に入ってまた病室に泊まってくれた。何かもう申し訳なくて、痛さが心細くて、泣きながら迷惑を掛けてることを謝った。
 陣痛は10分置きで結構な強さ。最初は痛がる私を励ましてくれてた旦那サンだったけど、夜中になるとあっさり眠りなさる。うちの旦那サンは一度寝るとなかなか起きない。夜中に私が大声で「痛いっ!痛いっ!」と言ってるのに起きる気配なはい。定期的にチェックに来る看護師さんだけが私の癒しだ。
 陣痛間隔はほとんど短くなることはなく、痛みで全く眠れないまま朝になった。

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