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変わったこと

2009/11/07/12:27  カテゴリー/[日常]こどもがいる日常

 先日、前の職場で「子供できても相変わらずドライだね」的なことを言われたけど(実際ドライかどうかは、この際あまり大きな問題じゃないから気にしないで)、内面的に大きく変わった点があることに気付いた。

見ず知らずの子供でも、可哀想な目にあってる話を全く受け入れられなくなったこと。

 司書時代は「どんな本でも読む」をモットーにしてたから、ちょいとヘビーなビリー・ミリガンでもトリイ・ヘイデンでも受け流せていたと思う。もちろん読んですぐはとってもブルーになってたけど、次に読む本を明るめの本にするとか、積ん読してない時はマンガ読むとかしてバランスを取っていた。ていうかそういう本を読んでも、心のどこかで“生まれた星が悪かったんだろうな”って程度にしか思ってなかった。つーかそう思ってないと読み続けれなかったんだけど。
 でも最近、ニュースで虐待の話を見聞きするだけでもすっごい苦しくなるようになった。苦しくて苦しくて、その親を殺したいって思うくらい。怒るとか悲しいとかじゃなくて、とっても苦しい。
 「先日首が据わってない赤ちゃんを縦抱きしてる若い親を見た。赤ちゃん、首がグラグラなって苦しそうだった」って話ですら、冷静に聞けず泣きそうになったくらいだ。
 知り合いが流産した話では、家に帰って部屋で号泣した。
 こうやって自分以外の人の気持ちを深く理解することで、子供の不快に気付いて大事から守るというプロセスなんだろうけど、何のホルモンかよく知らんが効き過ぎだ。もうちょっとピンポイントな効果でいいんだけど。
 一昨日のニュースで、葬式に来ていた夫婦の3歳の子供を預かった親族の人が、子供が泣きやまないからって10分くらい座布団を押しつけ続けて窒息死させたっていうのがあった。こういうの読むと真っ先に自分に起こったらって考えてしまって、また苦しい。
 小さなことだけど、我が子に関しては旦那サンが

「もしもの時のためにミルクも飲めるようになるべき」

と言って旦那さんがぴよさんを訓練していた時期があった。ミルクを拒否して母乳を求めるぴよさんの大泣きの声を隣の部屋で聞いてるだけで、かわいそうで涙が出てた。
 しばらくして

旦那サン
「今日はここまで」

とぴよさんを渡され、一生懸命母乳を飲むぴよさんを見てまた泣いて、その後

旦那サン
「もしもの時のためにミルクは飲めるようになってた方がいいって。
あんたは体が弱いんだから、いつ母乳やれんことになるかもわからんし。
最悪、死ぬとか。
そうなったら、ぴよはいくら泣いても母乳飲めんし、俺はぴよが泣き続けてもどうしようもないやん。
だからミルク飲めるようにしてた方がいいって」

と言われて、その「最悪の時」に泣き続けるぴよさんと途方に暮れる旦那サンを想像してまた泣いたり。
 結局どうしてもミルクを飲まないぴよさんに疲れた旦那サンが諦め、ずっと母乳のみだけど今のところ私は死んでません。ただ、既に風邪ひきそうなんだけどね・・・。
 涙もろくなったってうのとはちょっと違う。ガツンと受け止めてしまうようになってしまったというか、変に感受性が発達してしまったというか、そんな感じ。今なら『世界の中心で愛を叫ぶ』とか『恋空』とかごときで泣くかもしれん。それはそれで屈辱だけど。
 今度Tさんに会った時、ここが変わりましたよって言おうっと。

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